「共創」は魅力ある価値を生み出す”研究のゆりかご” ――交流をきっかけに、専門の深みに光を招く――

科学ジャーナリスト・浅羽雅晴氏 (取材・寄稿)

(編集 野原佳代子)

東京科学大学(以下Science Tokyo)環境・社会理工学院融合理工学系地球環境共創コース(GEDES)が「共創研究」に積極的に取り組んでいる。大学としては比較的新しい研究スタイルだが、早くも魅力ある成果を生み出しており期待が膨らむ。数あるプロジェクトの中から、国内外の大学や研究者と共創にかかわっている3人のメンバーに、その特長や成果、思うところなどを語ってもらった。 1. どんな研究、どこと共創をしているか 共創は昨今、企業のビジネス活動にも取り入れられ、自社だけでは実現しにくい新奇性のある成果を生みだすなどの大きなメリットが注目されている。大学では複数の研究室や異分野のチームが協力して「社会課題の解決策などを共に模索し、新しい成果や価値を創造すること」と位置付けることが多い。GEDESは、理工学の体系を理解しながらも枠に囚われず、国際社会が抱える複合的問題の解決に寄与し新たな技術・価値・概念を創出することを目指しているが、どんな人たちが、どこと、どのような共創研究をしているのだろうか。今回は3名の若手研究者に話を聞き、3つの試みを紹介してもらった。 崔 善鏡(チェ・ソンキョン)特任講師 (防災計画、交通政策)は、花岡伸也教授(交通開発学、社会システム工学)、バルケス・アルビン准教授(都市気象学)、東北大学災害科学国際研究所の奥村誠教授(交通計画、安全工学)と組んで研究している。障がい者や高齢者、外国人などの弱者が、災害時に時間・空間的にどう動き、避難したかの行動を分析し、被害の軽減と防止に活かす。理工学面で災害研究の拠点となるScience Tokyoだが、そこに心理学や人文学的な立場からも切り込んでいる。 稲垣 厚至 助教(水工水理学)は、神田学教授(都市気象)、高橋邦夫教授(材料力学)と共に、東京都心部のビル街区の風を解析し、小型風力発電の実用化を目指す。同じ研究棟の高橋教授との出会いで、風車の内部抵抗によって発電量が変化することを知り、目を見開らかされた。さらにこれまでに蓄積した風況測定との組み合わせで、風車の最適な内部抵抗を実測で明らかにした。 鹿又 亘平 研究員(ナラティブ環境、科学とアート)は、芸術の最高峰といわれるロンドン芸術大学セントラル・セントマーティンズ校と協力している。野原佳代子教授(翻訳学、科学コミュニケーション)、ジョルジョ・サラニ特任助教(工芸学、文化人類学)と共に、産学連携プログラム「未来を創るハイブリッドイノベーション」のアシスタントディレクターとして企画・進行を担当する。アート、デザイン、科学技術の知見と方法論を融合しイノベーション文化に向けた行動変容を促す意欲的な試みだ。両大学が共同開発した手法を、2021年より毎年7,8社の日本企業から派遣される研究協力者たちとともに試行している。 2.共創のきっかけと進め方 崔特任講師は、大学院時代の先輩だったアルビン准教授との雑談がきっかけで共創研究を始めた。「気象現象とリスク」の画像データを見せられたとき、自分の研究で思い描いてきたイメージとピッタリ重なった。集中豪雨や熱波などの気象データと人の動きを重ねることで、どこに最も強い影響が出るかが一目瞭然で分かる。 また東北大災害科学国際研究所の「災害レジリエンス共創研究プロジェクト」にも参加し、WEBで報告や議論に加わっている。「異分野との共創は共に研究の視野を広げ、お互いに共鳴できるのでとても役立つ」と熱く語る。 稲垣助教は、小型風車の効率的な発電に向けて、ビル街区の風環境のデータベースを作ってきた。今回の共創により、街区の風と風力発電の効率を秒単位でモニタリングできるようにした。融合理工学系では専門の異なる研究室とのミーティングや卒論発表会などを通じて互いの顔が見えており、研究同士を繋げる試みに取り組みやすかった。このモニタリングデバイスが実用化すれば、平常時には環境モニタリングとして使い、災害時には通信系や非常用街灯の補助電源に切り替えることができる。「共創には研究の種が多く眠っている、色々な可能性が実感できた」という。
自作の回路に超音波風速計とマイクロタービンを接続し、数カ月間の長期観測を実施.
鹿又研究員は、共同開発した「ハイブリッドイノベーション」手法を試行する実験的ワークショップの構成、現場を受け持つ。ロンドン芸大CSMで修士号を取得した経歴を活かし、参加者と英国をしばしばオンラインで結び議論を仲介する。2023年度は企業から派遣された協力者20名程度とともに「広汎な自動化 automation」のテーマに取り組んだ。自動車のT型フォードを例に、生産工程で自動化が果たした技術革新の役割と共に、自動化がもたらした文化的、社会的影響も含め現在との連続性を議論した。日常的に各企業での思考の枠にハマリ切っていた中堅ビジネスマンたちのマインドを塗り替える刺激を創出している。 3.共創における困難ーどう乗り越える 期待される共創研究だが、掛け声倒れになりかねないネックも抱えている。その最たるものがコミュニケーション不全だろう。特に狭い専門領域だけで使われてきた特殊な用語(学術用語や企業内言語)や、各分野で当たり前になっている習慣がスムーズな活動の障壁になる。さらには、別の文化を持ち込む外国人研究者の存在が、議論を豊かにし多層的にする。そうした創造的な現場において、誤解なく、また互いを尊重しつつ議論を可能にするコミュニケーション技術は不可欠だ。それぞれがどんな独自の工夫を凝らしているか。 崔特任講師は、「意思疎通が曖昧なままでは共創による宝の山は見出せない」と断言する。仲間内だけの隠語のような専門語が落とし穴だ。そこで東北大・奥村教授と東工大・花岡教授は、「誰にでもわかる、誤解のない専門語」の定義作りを提案し、実現させた。みんなの理解が格段に進んだのはいうまでもない。

2023年度プロジェクトの最後の定例研究会.奥村教授、バルケス准教授、崔特任講師と学生たち.

また、分野間の谷間を越え成果に繋げるには「仲間と根気よく議論すること」という。「じっくり相手の成果を待つのが秘訣で、そのうちに協調できる軸がフッと頭に浮かんでくるものだ」と経験を語る。 鹿又研究員は、共創におけるコミュニケーションのズレやエラー対策にアートを使う大胆な技を持ちだす。絵画や粘土細工などのアートを「言語」として、状況を捉える作業に置き換えるのだ。「その過程でなぜ解釈の違いが起こったかが議論でき把握できるようになれば、エラーは減らせる」とする。相手の表現(作品)からメッセージを読み取る「読解力」や「聞き取る力」も培う必要がある。社内マインドと習慣に固まっていた研究協力者にとって慣れない作業に苦労は多いものの、手ごたえもある。
コラージュ、翻訳、3Dモデル化などアート手法を駆使してコミュニケーションを促す. 4.共創でわかってくること 自分の専門分野を超えた共創を成功させるためには「大学や高校時代に是非ともサイエンスコミュニケーションを学んでおくことを薦めたい」と崔特任講師がいう。自分が旧・東工大の修士・博士課程時代に「科学技術コミュニケーション」の授業を履修したことが、のちの共創研究で大いに役立った。特に個人の研究課題に籠りがちな理工系学生にとっては、それを共有する表現のスキルを持つことこそが、あとあとのコミュニケーションにおいて命綱になる。 稲垣助教は、お互いの専門知識をうまくブレンドすることが共創の成果につながると実感している。どうすればブレンドがうまく行くのか試行の日々だが、「こうした学問の水平展開は今後増えるはず」と予想する。興味を持つ学生には実例を挙げた説明がよく伝わるので、実践者が積極的に語っていくことが望まれるだろう。 一般企業と違って、大学では短期間ですぐに成果や答えが求められることは少ない。だが、だからこそ中・長期的な視界を持つこと、分野を超えた深い探求を通して次世代の価値を見極め、社会に提言していくことが重要だ。分野を超えた真摯なコラボレーションは、いろいろなことに気づかせてくれる。稲垣助教は研究の諸局面においてコンピューティングを使いこなす一方、「何事もコンピューターに依存し過ぎると、人間の創造力や表現力は、機械やソフトウエアの枠内でしか機能しなくなってしまう」と大切な警告をする。彼の場合は、「枠の外」に目を向けることで研究が飛躍した。思考停止に陥らないこと、既存の方法論に流されるのではなくときおり立ち止まって自分の立ち位置を鏡に映すことを、共創は、研究者個人にも促してくれる。 GEDESが奨励する共創研究のゆりかごが、専門の深みからどんな独創を誕生させ未来を照らし出すか、楽しみである。(科学ジャーナリスト・浅羽雅晴)